「え?何か申しましたでしょうか?」
そう言って自分の方に顔を向けたまだ少年とも呼べるような歳若い公達に、源雅信はいささか苦笑を含みながら再び先程の和歌を口にした。
「そなたといい、我が弟といい人が心配するような恋をするのが流行りなのですかな?そのように溜息ばかりついて・・・・・・。」
雅信にそう言われた者は、内心あなたもそう歳は変わらないでしょうと思いつつ、曖昧な返事を返す。そして雅信の近くにいた源博雅と雅信の弟こと重信の耳に雅信の言葉が届いたようで、二人して雅信の近くまでにじり寄った。
「解決したとおっしゃったのは兄上でしょう?」
「問題は解消された筈では?」
と、重信と博雅がほぼ同時に言う。それから一瞬間が開き、誰が一番という事もなく四人の間に小さな笑いが漏れた。
「氷晶殿のような勝気な者が弱気になるような恋のお相手とは、一体どのような姫でしょうなぁ。」
四人の間に彼等よりも年上の公達が冷やかし半分に話の輪に加わってくる。氷晶は童殿上をしていた時から勝気故に他の童と衝突していたことが多かったので、あまり良くない意味で有名だった。そんな彼が心有らずな状態で溜息ばかりついていれば、誰しも興味を起こすであろう。
「さぁさ、白状しておしまいなさい。」
そう年上の公達に急かされ、氷晶はしどろもどろになる。自分達に水を向けられる事を避けてか、博雅と重信は黙ったまま僅かに視線をあさっての方向に向けた。そんな二人を見やって、雅信を氷晶には助舟を出す。
「先程の和歌の通りか?」
雅信は本日二度目の復唱をした。詠まれた歌の意味を解した年上の公達たちは、相手が氷晶の存在すらも知らない事を悟った。が、暇を持て余しているが故、そこで大人しく引き下がらなかった。今度はどこで見たのかを問いてきた。
「先日主上のお遣いで行った寺院で、です。」
氷晶の言葉に反応し、博雅の方に視線が集中する。何故ならば先日氷晶のお遣いに同行したのが博雅だったからだ。何故視線が自分のところに集中しているのか分からず、戸惑っている博雅。そんな博雅が質問を浴びるよりも早く氷晶は言った。
「私が不浄に立った時のことなので、博雅様はご存知ありません。」
残念だったというような呟きを耳にした氷晶は、何が残念なものか。と胸中で思っていた。幾ら色恋沙汰に疎い朴念仁と言われている者であろうと、いつどういった形で恋に落ちるのか分からない。彼からしてみれば、恋敵の芽となりそうなものは極力潰しておきたかった。
博雅に対してそのような心配を杞憂に終わるのだったが、それ以上に厄介な存在が居ることを氷晶自身はこの時まだ知る由もなかった。